審査員講評

O JUN氏画家・東京藝術大学教授

 今年は約1500点余の応募があった。昨年より点数自体は減ったそうだが、その分新たな学校や施設からの応募は増えていると言う。惜しくも選に漏れたり、良い結果につながらないと指導されている先生方やスタッフの方々の意気も上がらないだろう。あるいは先生の異動なども影響するのかもしれない。個人の応募は依然少ないが、応募の手続きなどご家族の方も慣れないことがあるのだろう。いろいろと現場のご苦労が想像されるが、集まった作品は今年もどれも素晴らしいものだった。一次選考の段階から既に実力伯仲していてとても難しい。全作品を入選させたいといつも思う。そろそろそのようなアンデパンダン形式の展覧会なども構想されていいのかもしれない。コンクールは入選、受賞と成果が報われる喜びがあるが、絵を描くという行為はそれ自体が喜びであろう。描いている最中はただ一生懸命で夢中になっているが、その時は描いている身体そのものが喜んでいる。目、手、指先、感情、全身がフル稼働している。その静かな歓喜が全作品から伝わって来た。「どう描かれたか」に表出しているその人の喜びを受けとめたい。

青柳 路子氏茨城大学准教授、東京藝術大学非常勤講師、教育学研究者

 コンクールに応募された作品は、今年も、ひとつひとつに個性と魅力があふれていました。
細かく丹念な描写、流れる筆づかい、画面いっぱいを描ききる力強さなどを目にすると、子どもたち一人ひとりの描くリズムや息づかいが感じられるようでした。作品に付されたタイトル、コメントからは、描いた子どもたちの思いも伝わってきました。中には作品を見ただけでは想像できないような、作品に込めた子どもの思い、考えがあることがわかります。皆さまには作品を鑑賞していただいた後、それぞれのタイトル、コメントにも目を向けていただきたいです。
惜しくも優秀賞に選ばれなかった作品にも、力作がたくさんありました。コンクールに応募された全作品をweb上で見ることができますので、ぜひそちらもご覧ください。
描くこと、作ることによってなされる子どもの表現は、言葉を獲得する以前から始まる、人間の生きる根源的なものです。それは、周りにあたたかく安心できる環境があるからこそ、子どもの存在の奥底から現れ出るものになると思います。応募作品を描いた子どもたちの周りには、特別支援学校の先生、保護者の方々、絵画教室の先生方があたたかく見守り、寄り添っていて、子どもたちの伸びやかな表現を支えています。子どもたちの、色やかたちを通してなされる表現の喜びが、これからも子どもたちを満たし、周囲の人々と共有され、子どもたちの生を豊かにしていってくれるように願っています。

西田 克也氏西田克也デザインオフィス グラッフックフィクデザイナー

 アートコンクールと謳っている以上、全応募作品の中から限られた数の優秀作品を選ぶのは致し方ないよね、と自分に言い聞かせつつ臨んだ第15回目のキラキラっとアートコンクールの審査会も無事に済んで、僕の記憶の襞に住み着いたキラキラの絵たちのことを反芻しながら夢見心地でいたら、審査会の講評という悩ましい作業がいつものことですが待っていました。
僕にとってはキラキラの絵と向き合ったその刹那が全てです。心を開き、絵が語りかけてくる悦びや哀しみ、時には怒りすらを受け入れ、僕なりに咀嚼し、驚きや共感、あるいは素直に感動というメッセージを送り返す。毎回同じ気持ちですが、僕に講評なんておこがましいので、キラキラのエバンジェリストを自認する僕にできることがあるとすれば、キラキラの絵の魅力を機会あるごとに語っていくことかなと、改めて思い至った次第です。やっぱりキラキラは素晴らしい!

髙橋 宏和氏社会福祉法人東京コロニー アートビリティ代表

 今年も審査が楽しくなる個性が強い応募作品に溢れていました。審査中に技術の高さに思わず唸った作品もある中で、全体としての印象は丁寧に隅々まで描かれ、見ている人の心が温かくなる作品が多くある印象を受けました。中には、どのように描いたのか見てみたいような作品もありました。作品を通して審査員の気持ちを動かした皆さんの応募作品は、アートという自己表現方法で自分を表現する事がしっかり出来ていると感じます。
作品をどう描くか考えて完成させる事は集中力が必要で、描いている最中は夢中で創作に取り組んだと思います。一つの事に夢中になる事はとても大切な事です。これからの普段の生活の中でも自分の時間を作り、コンクール応募をきっかけに、絵を描く楽しさに目覚め、少しでも多くの応募者が絵を描き続けてくれる事を望みます。

杉山 博孝三菱地所株式会社 執行役社長

 15回目となる今回のコンクールには、全国から1,541作品のご応募を頂きました。今回新たに申込まれた学校が82校、個人応募も9作品増えるなど、少しずつではありますが、確実に本コンクールが浸透してきていることを大変嬉しく思います。
本審査では、審査員の先生方と作品を楽しみながら、特に印象に残る作品を選びました。
毎回、子どもたちの独特な感性で自由に描かれた作品には心を打たれますが、今回も最後の1作品が絞り切れず51作品を優秀賞として選定致しました。
今年度より三菱地所グループでは、優れた作品をより多くの方に見てもらいたいという思いからグループ各社の受付に、前年度優秀作品の一部を展示させて頂き、来訪される方に楽しんで頂いております。また、展示する作品は各職場で選びましたので、グループ社員の関心や愛着も以前より高まっているように感じています。
今後も、応募者の皆様、審査員の方々、作品展をご覧になる各会場のお客様と三菱地所グループが一体となって、価値を高めていくコンクールでありたいと願っております。

高橋 明也三菱一号館美術館 館長

 あらゆる分野で近年、いわゆる「健常」であること、「障がい」があることの意味が問われているような気がする。一様に日々会社に通い、仕事をし、家庭でくつろぐ普通に暮らしているつもりの人々も、仔細に見れば、抱えている問題はさまざまあって、それも千差万別だ。 世界中の価値観が今、揺らいでいるということなのだろう。つい昨年2015年のヴェネツィア・ビエンナーレでもアール・ブリュットやアウトサイダー・アートと呼ばれる障がい者の作品に大きく光が当てられていたし、色々な展覧会の文脈の中にも、多くの障がい者の作品が並べられるようになった。それは、オリンピックと並んで、パラリンピックに皆が惹きつけられるようになったことと平行している。自らの中の障がい、障がいの中の健常というパラドックスに誰もが気づき始めたからだ。
今回のコンクールの作品を見ながら、いつになくそうしたことが頭をよぎった。電車の中で泥酔する人々、さまざまな主張を掲げて戦いに明け暮れる人々、、朝から晩までパソコンの画面をみつめて数字の上下に一喜一憂する人々・・・。世界を覆いつくす、そうした殺伐とした光景に較べ ると、画用紙の上に色彩と線で描き出された世界のなんと輝かしく、人間的で、暖かいことか。 できる限りたくさんの人々が、このコンクールの応募作品の前に足を止めて、絵と、作者と、そして自らの心と対話することを願います。